八ッ場ダム/シリーズ15<2020.05.29> 今回は、新型コロナウイルス感染症状対策のために、施設の閉鎖が多く、取材が殆どできなかった。思案の末、ダム関連だけでは寂しいので、長野原町が観光スポットに力を注いでいる場所も取材することにした。 右岸からから見た写真である。こちらは川原湯温泉。橋の下はダムに堰きとめられた湖水である。ダム湖の名称は、2020年1月27日「八ッ場あがつま湖」と名付けられた。
橋のたもとには、大きな岩に温泉地名板が嵌めこまれている。この背後が川原湯温泉の旅館街である。ダム建設に最も翻弄された住民で、昔の旅館街は湖底深くに埋っている。
現在は旅館数も激減して、将来も客足が伸びる見込みはない。それは何故だろうか。皮肉なことに国道が余りにもよくなって、都市部からの旅行者は素通りして草津から信州方面に言ってしまうからである。 八ッ場大橋の中央付近からダムの天端(てんば)を眺める。左側の建物は八ッ場管理支所。新型コロナウイルス感染の3密を防ぐ為に立入り禁止になっている。
八ッ場大橋の中程にバンジージャンプが設けられている。
川原湯温泉エリアの西側に川原湯温泉駅がある。更にその西隣に、"川原湯温泉あそびの基地NOA"が建設中である。入場無料の多目的ホールである。
多目的ホールの後方は一段と低くなって湖畔寄りにキャンプサイトが設けられている。劾OAが運営する。
長野原町役場を訪ねた。コロナ対策のマスクを付けて新装なった庁舎に入った。広い事務室には黙々と職員が執務していた。ここに水陸両用バスが停留していると判断したからだ。
事情を話して観光船の写真を撮らせてもらった。前述の川原湯温泉あそびの基地NOAで運用される予定。
役場から右岸に有る勝沼稲荷社に登った。小高い山尾根にある。鳥居の前を右に登って行く。道はよく整備されている。
300m程歩くと見晴らしのいい展望台に出る。御神木とも見える赤松があり、根元の幹周りにしめ縄が張られている。そこからの景色は絶景である。
身体を反転して後を見ると、丸岩が間近に見える。ベレー帽をかぶったような奇峰である。標高1,124m,三方は、100m余りの岩壁であり、南の一方だけが須賀尾峠に通じている。戦国時代に、南方から侵入をねらっていた北条等をくいとめる要害城が築かれていた。登山道は須賀尾峠から約20分。峠を越えると、国道406号で高崎市に出られる。
取材は今回で終了の筈であったが、”新型コロナウイルス”の影響は、こんな山の中まで蔓延してしまった。正常な姿をお伝えできるのは、まだ先になりそうだ。 いずれにしても川原湯温泉は、1980年代に22軒あった旅館のうち、営業を再開したのは、5軒のみだ。 国土交通省は、試験貯水の結果も問題なく、2020年4月より八ッ場ダムは運用開始された。一方、群馬県の発電所は構造を変更したため、完成は当初の計画より1年延び来春となる見通しだ。 八ッ場ダム工事事務所は、全ての業務を終えて3月31日を以って閉所し、工事事務所の看板が下ろされた。4月1日からの問合せは、利根川ダム統合管理事務所が引き継ぐこととなった。 利根川ダム統合管理事務所 群馬県前橋市元総社町593-1 TEL027-251-2021 想い起こすと、戦後まもなくの計画浮上から68年。建設地からは470世帯が移転し、人口は減少した。地元は現在ダム湖に観光客を呼び込む施設を整備中だが、今春完成予定だった施設の一部は来春先に延ばされた。住民の生活再建に向けた取り組みは今後も続く。 31日、国土交通省八ッ場ダム工事事務所の看板が下ろされた。1967年に調査出張所として開設されて依頼、地元との交渉も担ってきた。閉所にあたり、朝田将所長は「古里の土地を離れた方々へ深く感謝したい」と語った。 「八ッ場あがつまダム」と命名されたダム湖は、観光名所としての役割も期待されている。 |